【 旅の栞 】

出雲大社

出雲大社の歴史

 出雲大社を奉祭する国造家は西御殿の千家家と北御殿の北島家に分かれていた。それは南北朝時代の興国四年(1343)、出雲(千家)孝宗と弟・(北島)貞孝が袂を分かち、国造家が二分したことにはじまる。大社の祭事は基本的に奇数月の一・三・五・七・九・十一月を千家の抱月、偶数月の二・四・六・八・十・十二月を北島家の抱月とする取り決めがなされ、分掌制で行われてきた。現在のように出雲大社宮司が千家国造家に一本化されたのは明治の始め、千家多尊福(たかとみ)大宮司のときからである。
参考文献 「古代出雲への旅」 関 和彦著より 中公新書

苦しいときの神頼み

 ついに来たかどんづまり、神も仏もありません。殺伐な世の中・共生きの精神、結いの精神も薄らぐご時世となり人間不信の時代。いつ死ぬかわからぬが今は生きている。生きているうちは生きてゆくより外はない。いつ死んでもいいように心構えはしておきたい。日本の大地には様々な神様がいる。「天の神・地の神・山の神」神々への信仰心を持つということは「清き心・優しきまなざし・人を愛する心」など精神を育む神聖な儀式であると思う。高千穂の神々、出雲の神々をめぐり旅を楽しみたい。人生を転がり落ちぬように。 神々のふるさと出雲は神話と神社・仏閣に彩られた数多くの景観の中で静かなときを刻んでいる。













▲このページの上へ

Copyright © 2007 道楽悠悠 All Rights Reserved.