【 旅の栞 】

むかしばなし《第五話》:いちはら探訪


【ばあ様の目薬】

むかしむかしのことです。ある所にたいそう孫娘をかわいがっていたばあ様がいました。ところがこのばあ様、どうしたことか目がだんだん見えなくなってしまいました。息子夫婦は、あっちの医者こっちの医者と、色々手を尽くしましたが、良くはなりませんでした。
ある日のこと、旅の坊さんがやって来ました。「このばあ様の目には、子供の生き肝が一番良いぞ」と言いました。息子夫婦は、ばあ様の病は直したいけれど、子供の生き肝を手に入れることなんか、どうにもこうにも思いもよらないので、困ってしまいました。
ところが、この相談を娘のお虎がこっそり聞いていたのです。その晩、お虎は納屋で首をつって死んでしまったそうです。おらの生き肝をばあ様に食わしてくんど」と、やっと習って書けるようになったカタカナで、何度も書き直ししながら書いてありました。息子夫婦は、悲しくて、悲しくて涙が止まらず、何時間も泣き続けました。それでも、お虎の気持ちを無にするわけには行かないので、生き肝をばあ様に食べさせました。すると、何と、ばあ様の目は、たちまちにぴらりと開いて、よく見えるようになりました。

ばあ様は、目が見えるようになると、まっ先に、孫のお虎は、どこへ行っただい。この目でかわいい孫の大きゅうなった姿をよう見てぇもんだと言いました。しょうがないので、息子は、ばあ様にお虎が首をつって死んでしまったことを話しました。それを聞いたばあ様は、まっ青になって、その場にしゃがみこんで泣き始め、四、五日の間、寝込んでしまいました。食べ物もノドを通らないほどの悲しみでした。
ばあ様は、三十三番の札所の観音様にお参りして、孫のお虎の冥福を祈ることにしました。何日も何日も巡礼の旅をして、とうとう最後の三十三番の観音様まで辿り着き、一生懸命拝んでいました。頭の中は、お虎の小さい頃の姿だけが浮かんでいました。

すると、その時のことです。「ばあ様、ばあ様」と、かわいい声で呼ぶ者がいます。目を開けて、そっちの方を見ると、これはまた、何と何と… 。目の奥に焼き付いて離れない、お虎に生き写しの娘が立っていました。お前、どうして、こんな所にいるのだい?」と、訪ねてみました。
「おらは、ここで観音様のお守りをさせてもらっているだよ」と言いました。「あぁ、ありがてぇことでごぜぇます。観音様が、孫のお虎を助けてくださったにちげぇねぇ。ありがてえことでごぜえます」と、何度も何度もお礼を申し上げて、お虎の手を引いて家に戻りました。家ではみんなが、夢ではないかと、たまげるやら嬉しがるやら、大御馳走して観音様にお礼のお祈りをしたそうです。

【さるカニ合戦】

むかし昔、ある所にサルとカニがいました。ある日、サルとカニが川の岸辺で遊んでいると、カニが握り飯を拾い、サルが柿の種を拾いました。いやしいサルは、その握り飯が欲しくて欲しくてたまらなくなってしまいました。サルは悪知恵を働かせ、「握り飯は食べたらなくなってしまうけれど、種はまけば食べきれないほどの柿がなるぞ」と言って、カニの握り飯と取り替えっこしました。そしてサルはすぐに握り飯をムシャムシャと食べてしまいました。

柿の種をもらったカニは種を庭にまいて、「早う芽を出せ、柿の種。出さぬとハサミでほじくるぞ」と言っては、水を撒いて育てました。しばらくすると小さな芽が出ました。カニは、大喜びして、「早う木になれ、柿の芽。出さぬとハサミでちょん切るぞ」と言っては、水をやったり、肥やしをやったりしていました。すると、小さな芽はグングンと背伸びして大きくなりました。カニは、飛び上がって喜び、「早う実がなれ、柿の木。ならぬとハサミでぶった切るぞ」と言っては、水をやったり、肥やしをやったりしました。すると、柿の実が、数珠ごなりになって、みんなうまそうに赤く熟れました。

ところが、カニは木に登れません。困ってしまったカニはサルの所に柿を取ってくれるように頼みに行きました。おやすい御用だ。そんなら俺に任せろよ」と、すぐにやって来ました。
サルはスルスルと木に登ると、次から次へムシャムシャ柿を食い始めました。カニには一つも取ってくれないので、カニは、「オーイ、自分ばがり食ってねえで、こっちにも投げてくんろよ」と言いました。
「よし、よし」と言って、サルが投げてくれた柿を食べてみると、その渋いこと、渋いこと。唇も舌も動かないほど渋い柿です。おうい、サルどん。今のは渋いぞ。もっと甘いのを投げてくんろよ」と言うと、「そんなら、これでも食らえ」と、真っ青の固い柿をカニ目がけて投げつけました。カニは、甲羅がつぶれて死んでしまいました。サルは甘そうな柿を残らず袋に入れて、肩にかけて逃げて行ってしまいました。

よそに遊びに行っていた子ガニは、家へ帰って来て、ビックリしてしまいまいた。そこで、仲良くしていた石臼の所に行って話すと、根が義理がたい石臼はたいそう気の毒がって、すぐに栗とハチを呼んで、どうしようかと相談を始めました。
さて、二、三日たって、隣のネズミどんが使いになって、サルの家へ行って、「このたび、カニどんが柿の木から足を踏み外して、そのまま亡くなりました。それで法事を行いますので、おいで下さい」と知らせました。それを聞いたサルは、それは、まあ、とんだことで。まことにお気の毒なことでごぜえます」と、そら涙を流して、支度をすると、カニの家へ行きました。

奥の座敷に通って、いくら待っていても誰も出て来ないので、お湯でも飲むべえと、鉄ビンのふたに手を伸ばしました。すると灰の中で今か今かと踏ん張っていた栗が、パーンとサルのほっぺたにぶつかって来ました。「きゃあ、あっちっちっち……」と、サルは、ビックリして、裏の井戸ばたへ行って顔を冷やそうとしました。すると、ひさしの上から、ハチがブーンと飛んできて、ツクーンと、サルのまぶたをさしてしまいました。
「こらあ、たまらねえ。助けてくれ!」と、サルは表の方へ逃げ出そうとしました。すると、屋根の上から石臼がゴロゴロ、ドスーンと落ちてきて、サルの頭の上にドスリと飛び下りました。サルが石臼に押しつぶされてもがいていると、そこへ子ガニが走って来て、「親のカタキだ、思い知ったか」と、ハサミで首をちょん切ってしまいました。

【修行僧の長い夢】

むかし昔、鎌倉時代のことです。
上総の国、高滝の地頭が熊野に詣でることになり、年頃の娘をお供に出かけた。この娘は、とても器量の良い娘でした。

熊野に着いた地頭親子は、宿坊に何日か泊まっているうちに一人の若い僧と知り合いになった。若い僧は2人を案内したりして面倒を見てやり、別れる時には、いつの日か、東国へお出かけの折には、ぜひ上総の国まで足をのばして下さい」「本当にありがとうございました。また、お会いしとうございます」娘がにっこりとほほ笑んでお礼を言うと、若い僧は天にも昇るほど嬉しくなりました。それからというもの、若い僧は修行にも身が入らず、地頭の娘を思うと居ても立ってもいられないほどになってしまいました。そこで師の僧に申し出て、東国巡礼の修行を許してもらいました。
東海道を東に向かい、鎌倉を過ぎて、房総に渡る船乗り場までやって来ました。しかし、渡しの船の出るのを待っているうちに疲れが出て、とろとろと眠ってしまいました。

それで―。
やっとのことで上総に渡る船に乗り、無事に海を渡ることが出来ました。養老川沿いに今富、土宇、佐是と上って、とうとう加茂大明神をまつる高滝の里に辿り着きました。地頭の屋敷を訪ね、鎌倉まで修行のために来ましたので、ついでに上総の国までお会いしたくやってまいりました」と言うと、地頭はとても喜んで家族に引き会わせました。
「ごゆっくりとして、旅の疲れをいやしなさい」と言ってもてなしました。2〜3日すると、若い僧は地頭に、「折角、都より遠く離れたこの地にまいりましたので、上総の人々ありがたい仏の道を説かせていただきたい」と申し出ました。地頭はとても喜んで、近隣近住の名主たちに若い僧をひき合わせてやりました。高滝の地頭の家に泊まって上総の村々を周りながら仏の道を説く若い僧は、たちまちのうちに評判になりました。

「何でも、京の都の生まれで家柄も良いという話だ」「熊野で修行していただけあって、お説教もよく分かって、ありがたいほどだ」「それに眉のキリリッとした良い男だもの」そのうちに、この僧と地頭の娘とがいつしか良い仲になり、とうとう娘は身ごもり、男の子を産みました。地頭はカンカンになって怒りましたが、仕方がないので僧を跡継ぎとして認めました。
僧をやめた男は、とても頭は良いし、気がきくので立派に仕事を果たしました。男は子供が13になったので鎌倉の八幡宮で元服させようと、従者を連れて船に乗りました。ところが急に沖から黒雲がわいて来て、大シケになってしまいました。息子は初めて船に乗ったので、うっかり船べりに立って海を眺めていましたが、そこへ大波が押し寄せて、あっという間に海の底へのみ込まれてしまいました。男は驚いて、みんなの止めるのを振り切って息子を助けようと、波のさか巻く海へと飛び込みました。

そこで―。
若い僧は目が覚めました。熊野からはるばる上総国高滝の地頭の娘に会おうとしてやってきた僧は、上総に渡る相模の浜で居眠りしていたのでした。それは短い間の長い長い夢でした。ああ、これは修行の道にとどまれという仏の教えに違いない」と悟った若い僧は、また東海道を熊野に帰って行ったそうです。その後、僧は偉くなったかどうかは誰も知りませんが、厳しい修行が続けたに違いないでしょう。

千葉県市原市「市原を知る会」問い合わせ先 0436-22-3817 谷嶋一馬。

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