切支丹信仰の地教会めぐり
【豊臣の治世に端を発する禁制から逃れたキリシタンは山深く入植し、それでも迫害を恐れて表向きは仏教徒を装い強い信仰心で禁制をのりこえた。】
「もし、日本人たちが、私の教えた神を信じていたらなら。この国で我々のたてた教会で日本人たちが祈っていたのは基督教の神ではない。私たちには理解できぬ彼等流に屈折された神だった。もしあれを神というなら・・(略)・・いや、あれは神じゃない。蜘蛛の巣にかかった蝶とそっくりだ、始めはその蝶はたしかに蝶にちがいないなかつた。だが翌日、それは外見だけは蝶の羽と胴とを持ちながら、実体を失った死骸になってゆく。我々の神もこの日本では蜘蛛の巣にひっかかった蝶とそっくりに外見と形式だけ神らしくみながら、概に実体のない死骸になってしまった。」遠藤 周作 小説 「沈 黙」 より 撮影場所 = 平戸・島原・天草 |
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